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きいろいひとりっぷ

ニート歴半年の庶民の心の旅

「社員の雇用を守る優良企業」に虐げられたおじさん

職場から一人のおじさんが忽然と消えた。去年の10月下旬のことだ。

それはある大手企業でのこと。労働基準法が不当解雇を禁止する中、法令順守の申し子を自認するこの会社に勤めていたおじさんは、会社のブランドの下に踏みにじられた。

後にその顛末を知ることとなった私は、大企業を相手になす術のなかったおじさんの無念を思い、せめてその事実が無かったことにならないようにと、頼まれてはいないけれどおじさんに成り代わってその詳細を記録に残そうと思った。

  

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おじさんとアメリカ人との出会い

去年7月から、私はその大手企業に派遣社員として勤めていた。完全自立の優秀な社員ばかりで構成される職場は、他人を顧みない(優秀すぎて顧みる必要がない?)無味乾燥な空気に満ちていた。私は入社3日目にして、早くもその空気に窒息気味だった。

そんなある昼休憩時、私はおじさんに呼び止められた。

おじさんは関連会社に籍を置き、その職場で仕事をする派遣社員。設計一筋数十年の大ベテランだ。無味乾燥な空気をお腹いっぱい吸い込み、陽気に話すのが印象的だった。

おじさんはなぜか英語が好きだった。別に得意なわけでもないし、外国人の友達がいたわけでもない。なのになぜか英語の教材を準備し、通勤中はリスニング、昼休憩は単語練習にコツコツ取り組んでいた。

そんなおじさんは、最近入った新人は英語が得意らしいと聞きつけ、もれなく私に興味を持ったようだ。初対面の私に「英語が得意なんだってね!今ね、アメリカから研修生が来とるんよ。来て来て。」と言うおじさん。戸惑う私をアメリカ人のところまで連れて行き、勝手に紹介し始めた。

(脱線だが、「英語が得意な人は外国人と会話がしたくてたまらない」というのは思い違いである。英語が得意であっても、そもそも母国語においてすら会話が苦手な私のような人間もいるのだ。逆に、ろくに英語もしゃべれないのにむやみに外国人に話しかけたがる、おじさんのような人だっているじゃないか。)

そんないきさつで、おじさんとアメリカ人は私が会社で話せる稀な存在となった。話せるといっても職場は雑談できる雰囲気ではなく、職務上全く関わりのなかったおじさんとは以降ほとんど話す機会はなかった。一方、アメリカ人は空気を読むことを知らず、折に触れて私の席までやって来て「何してるの?」などと邪魔してきてだいぶ困った。

おじさんがいなくなった

10月も下旬のある日、その知らせを私にもたらしたのはこのアメリカ人だった。

いつものように仕事をしていると、アメリカ人が私の席にやって来て、「ヤマモトさん、どこにいるの?いなくなっちゃったよ」と言った。ヤマモトさん(仮名)はおじさんの名前だ。一瞬意味が分からず、「???」となっている私に、アメリカ人は続けて言った。「ヤマモトさんの机、全部きれいに片付いてるよ。」

彼の言う通り、おじさんの席は空っぽになっていた。

おじさんがどこに行ったのか、誰も知らないようだった。正確に言うと、おじさんがいなくなったことそのものが、認知対象ですらないかのようだった。おじさんは誰にも知られずに、忽然と消えてしまった。

アメリカ人は事情を知りたがっていたので、日本語のわからない彼に代わって庶務担当の社員に事情を尋ねた。彼女は「あたしもよく知らんのんじゃけどね・・・うちが一方的に解雇するはずないし・・・多分契約切れじゃないかねぇ」と歯切れ悪く答えた。月替わりでもないこんなタイミングで?という疑問が残ったが、あまり追及もできず、仕事に戻った。

その日の昼休憩、歯磨きをしようとトイレに入ると、先ほどの庶務の女性が追いかけて来て、他に誰もいないのを確認して、おもむろに話し始めた。「ヤマモトさんね、3月で契約終了だったんだって。それで次の仕事探さんといけんかったんじゃけど、たまたま11月からの口が一つ近くにあってね、それならすぐにそっちに移りたいっていう本人の意向で、このタイミングで辞めることになったみたい」

なんだ、そうならそうとおじさんも言ってくれればいいのに、とようやく納得した。よく分からないけど、これはどうやら秘密にしなければならない話らしい。おじさんが何も言わずに去ったのは相変らず引っかかるけど、おじさんは最良の選択ができたのだ、本当によかった、と安堵した。

アメリカ人には、「契約切れなんだって」とだけ説明しておいた。何をしゃべってはいけないのかが分からなかったので、それしか言えなかった。「アメリカからお土産持ってきていたのに」とつぶやいた彼の手には、チョコレートが二つ握られていた。一つは私のだと、手渡してくれた。嬉しかったけれど、それ以上に切なくて、目の前がちょっとだけ曇った。

おじさんからの電話で、全てを知った

仕事納めをした年末のある日、携帯が鳴った。電話に出ると、相手はなんとおじさんだった。そういえば電話番号を教えていたな、と思いながら聞いていたおじさんの声は、いつも通り陽気だった。

おじさんは何も言わず去ったことを詫びた後、真実を打ち明け始めた。

ある日おじさんは課長に別室に呼び出された。そして、おじさんの契約料が他の派遣社員より高いこと、おじさんの仕事振りがコストの割に合わないことを説明された。ついてはこれより一か月間、試験的に人並みの業務を割り振るので、その出来栄えを自己評価し、3月末の雇用契約更新について考えてみてほしい、と言い渡されたそうだ。

そして次の日から大量の仕事を抱えることになった。やったこともないような作業がどんどん割り当てられる。周りの人にやり方を聞いても相手にしてもらえない。時間だけが過ぎてゆき、約束の期限が来ても、手元には大量の案件が残ったままだった。おそらくやる前からこうなることはもう決まっていた、とおじさんは言った。

「出来栄えを自己評価し、3月末の契約についてどう思うのか?」が課長の問いだ。評価が良いわけがない。3月末までに仕事ができるようになるなど、到底宣言できるはずがない。課長が期待する通り、おじさんは自ら「契約の更新は結構です」と言ったそうだ。

「できることなら、まだあの場所で働きたかった」と、おじさんは電話口ではっきりとそう言った。

正々堂々クビにしてくれ

私は怒りに震えた。はらわたが煮えるとはこのことだと思った。

会社だってタダで商売しているわけではないのは理解している。リスクをとり、一方で不採算要素を減らし、生き残らなければならない。その中で、評価の悪い社員をクビにするのだってありうることだ。

それなら堂々とクビにするがいい。クビという形式が取りづらい法的な事情があるなら、事情を話したうえで適当な形式を取ればよい。最低限、会社は「会社の都合で社員を解雇するのだ」という事実を背負うべきだ。雇用を打ち切られた社員には、大変な現実が待っている。そんな現実に追い込んだ彼に、せめて一言「申し訳ない」と言うことすらできないのか。

会社は「社員の雇用を守る優良企業」というイメージを優先した。そのために出来レースを仕掛け、一ヵ月もの間おじさんの人格を踏みにじり続け、自分から辞めるよう仕向けた。たまたま次の就職口があったからよかったものの、自主退職では雇用保険もすぐには下りない。何より、おじさんには一生の心の傷だ。私に電話するのにも、2カ月もの心の整理が必要だったのだ。

解雇の前にすべきことがある

おじさんが満足に仕事しなかったと言うけれど、そもそも会社は雇用を切る前に、おじさんが仕事ができるよう最大限のサポートをする義務があったのではないか。“周りの人にやり方を聞いても相手にしてもらえない”とおじさんは言っていたが、これが単なるおじさんの主観ではない心当たりが私にはある。

おじさんは一時期、私の前の席の女性に作業のやり方を聞きに来ていた。席が遠いのに、はるばる何度も通ってくる。手に持っているのは膨大なリスト。ある書類を会社固有のシステムを用いて作成するのだが、それは彼女でなくても誰でもやり方を知っているはずだった。おそらく隣人らに相手にされず、ようやく彼女に辿り着いたのだろう。彼女に定着するまでに、いろんな人に手当たり次第話しかけているのを見かけた。

おじさんはフレックスタイムの早朝出勤組だったのに、リストをもって歩き回るようになってからは、私が帰る頃になってもおじさんのツルツル頭が見えるようになった。「遅いですね」と声をかけたことがあるが、おじさんは「この仕事よう分からんでね・・・」という以外、多くを語らなかった。まさかこんなことになっていようとは。私は新人でその書類作成に詳しくなく、力になれなかったのが今でも悔やまれる。

たまたまこんな記事を見つけた。トヨタの人づくりについてである。

toyokeizai.net

トヨタでは「チームとして成果をあげるためにはすべてのメンバーに活躍してもらうことが必要だ」という思想のもと、デキの悪い社員にもきちんとデキる仕事を与えることに成功しているという。

もはや疑心暗鬼ではあるが、もしこれが事実であれば、おじさんにだってデキる仕事があったはずだ。それを探す努力を怠ったのは、やっぱり会社の怠慢だ。

雇ったら放ったらかし。社員は会社のコマではない

私が勤務していた間に、インターンシップの学生の受け入れがあった。大変優秀な学生だったが、何より会社が用意したプログラムはすばらしく、仕事への興味をそそるとても魅力的なものだった。学生は感激し、最終日に「ここに就職したい」と言っていた。

この会社には、素晴らしい教育をする力があるのだ。トヨタがやるように「仕事のおいしさ」を語る力がある。しかし、その力が既存社員に還元されているようには見えなかった。課長が毎日「きみは仕事のやり方が分かっていないんじゃないか」と部下をなじる。ある中堅社員は、「配属されて3年間、仕事が分からずご迷惑をおかけしました」と言って去っていった。

企業イメージの操作やインターンシップなど、良い人材を取り込むことには目一杯力を注ぐ。いざ取り込んだら、デキる者だけ重宝し、デキない者には目もかけなくなる。要らなくなった者には自主退職を迫り、庶務の女性に嘘までつかせて会社ぐるみで隠ぺいする。社員は会社のコマではなく、血の通った人格ある人間だ。組織のために人間が使い捨てられるなんて間違っている。

「大企業に就職したからといって、幸せになれるとは限らない。」

理屈としても正しいが、私は実体験としてこれを主張したい。上記はほんの一例だが、大企業で起こった不幸な事件を知ることによって、大手企業に抱く過剰な幻想から脱却する一助となればと思う。(※大手企業のすべてを否定するものではありません。)