きいろいひとりっぷ

デーヴにそっくりな広島人の心の旅

宮沢賢治の『土神ときつね』に教わった、心穏やかに生きるヒント

宮沢賢治といえば、自然との親しみが深く、その力強い描写や擬人化などが作品を魅力的なものにしている。

そんな彼の作品の中に、『土神ときつね』という短編童話がある。

美しい女性に擬人化された樺の木を巡って、不精で気の荒い土神が小奇麗で見栄っ張りな狐を憎み、嫉妬に狂って殺してしまうというあらすじの物語だ。

 Wikipediaには、この作品が以下のように解説されている。

狐は狐に生まれてしまったために信用がなく、おしゃれで博学で、話も上手なのに友達が樺の木しか居ない。その友達にも嘘をついてしまい、反省するが、結局本当のことが言えず、嘘の上塗りを重ねてしまう弱い存在である。 結局自らの嘘があだとなって命を落としてしまう。 土神は神であるゆえに、周囲の尊敬を集めて当然の存在として生まれてきた。 しかし現実には神相応の広い心が持てず、内容が伴っていないため、誰一人供物を捧げに来る者もおらず、好意をいだいている樺の木とのお付合いも満足にこなせない。 そのために苛立ち、劣等感に苦しむ。 その上、きつねの本来の姿を見ることが出来ず殺害してしまうのである。 

それぞれの出自に課せられた位置づけや運命に、それぞれの立場特有の苦しさが伴っているのがとても印象的だ。

 

この物語の中で、土神が一瞬だけ心穏やかになる場面が出てくる。それは、狐が美学を具え大変博識でもある一方、神という敬われるべき存在である自分には実が無いことを思い知り、打ちひしがれて大声でひとしきり泣き明かした後の、黄金色の秋の日のこと。

上機嫌な土神は、樺の木に「いまなら誰のためにも命をやる」と言う。その眼は黒く立派なのだ。

赤眼が黒眼に変化したのは意識段階が高度になったことを示し、誰にでも命をやるというのは仏教の捨身布施の精神で、土神が菩薩の意識にあることを示すのだそうだ。法華経を信仰したという宮沢賢治の思想が表れた場面だ。

そんな土神が訪問中とは知らず、きつねがうっかり樺の木のところへやって来てしまう。「わしは土神だ。いい天気だ。な。」と土神が挨拶する。自らの生を謳歌する様子の土神と、見栄が作り上げた偽りの姿をまとう自分を比べ、狐は嫉妬で真っ青になって立ち去る。

 

私は特定の宗派に帰依しているわけではないが、仏教の思想を汲むこの場面に、心穏やかに生きるヒントを見出した。

人はどんな立場に生まれついても、他人の持てるものを羨み、嫉妬するものだ。それならいっそ自分に与えられた位置づけや運命を受け入れ、ひたすら上機嫌に過ごした方が心が安らかになり、結局は人も羨む幸せな生き方ができるのではないかと思った。

その後土神の嫉妬心が再燃して狐を殺してしまうように、人は心に決めても結局嫉妬に駆られる弱い生き物だ。でもそんなときは以前土神がやったように気が済むまでひとしきり大泣きし、スッキリしたらまた心を新たにするだけだ。(殺すのはいけません!)

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このような穏やかな生き方は、有名な詩『雨ニモマケズ』に通じるところがあるように思う。

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
欲はなく
決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北にけんかやそしょうがあれば
つまらないからやめろといい
ひでりのときはなみだをながし
さむさのなつはオロオロあるき
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい 

求めすぎず、腐らず、自然と共にあり、時には他者の力になり、目立たず、回りに振り回されず、いつも静かに笑っている生き方。華々しくはないこんな生き方に、成り下がるのでも甘んじるのでもなく、あえてそれを選ぼうとすることが、心穏やかな生き方につながるのではないかと考えた。

物語では、土神の大きな泣き声は雷のように空にのぼって野原中へとどろく。雷の音を聞くとき、私は心に決めた生き方ができているか、他人を羨み嫉妬に心染めていないかと自問し、自らを戒める機会とすることにしようと思う。

 

『土神ときつね』が読める書籍