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きいろいひとりっぷ

ニート歴半年の庶民の心の旅

転職失敗。憎んですらもらえなかった9か月

ニート歴約半年。

前職では業務も辛かったけど、辞めた理由は「無関心」。英語では「ネグレクト」、別の言い方をすると「ほったらかし」だろうか。

※長文です。ちょっとくらい面白くしようと思ったのに、書いてるうちに辛くなって悲壮感しつこいものになってしまった。。しかも終盤は星の王子様の世界へ。お時間許せばお進みください。

 

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転職成功か!?意気揚々と入社

技術支援の派遣社員として、とある有名大手企業に勤めていた。派遣とはいえ、入社面接の相手は受け入れ課の課長と課長補佐。大企業の競争を勝ち抜いてきたエリートの方々だ。彼らに認められ、入社が決まった時の感慨はひとしおだった。

入社してまず課長から指示されたのが、課内標準の英訳。業務の進め方や製品の設計思想、具体的な計算方法などをその課独自に規定したものが課内標準で、それを海外工場の現地社員にも適用するのが目的だった。

「本来なら翻訳会社に出すところなんだけど、あなたが訳しながら、ここのやり方を学んでほしい」。右も左も分からないうちから重大すぎる業務に不安だったが、課長がそう考えてのことだし、翻訳文をチェックしてもらえばいいことだと思い、張り切って引き受けた。

恐怖のエリート野獣課長

振り返れば、課長が能動的にこの件に関わってくれたのはこれが最後だった。

この業務は以後、私を苦しめ続けた。

英語どうこうの前に、原文が意味不明なのだ。本当に日本語なのか疑ってしまう。一企業の内部事情のためインターネットも役に立たない、とかいう以前の問題。この文章自体に何かがあると直感せずにはいられなかった。

この仕事を振った課長にお伺いを立てると、いちいち何なんだとでも言うようなイライラした調子で「あぁそこ置いといて、後で見るから」と言い捨てられた。書類をポイッと置いて逃げるように席に戻ったが、恐怖で腰を抜かしそうだった。

派遣元の営業の担当者が「野獣」と表現するほど、課長はすごい迫力の持ち主だ。日本人離れして顔か濃く、肌が浅黒くて体格がよく、(悪口を挟むとてっぺんだけはやや薄く、)関西弁でとにかく声が大きく、闘争心旺盛で、英会話すら得意、一流企業の課長にまで上り詰め、およそ劣等感とは無縁。なのに性格がイラで小心者なため、大勢の部下が緊張を強いられていた。

部下の落ち度をぐぅの音も出ないほど理詰めで責め立て、部下が苦し紛れに応答すると、発言の最中に言い訳を一蹴するかのように「え?」というのがお決まり。私の斜め後ろの会議机でそれが毎日のように繰り返され、自分のことではないけど胸を痛めた。

その後、課長の机に残してきた書類がどうなったかはわからない。

私の仕事は完全に自己完結型のため、周りは話したことのない人たちばかり。隣の部署の課内標準は翻訳会社行きで、私と同じ職種の人はいない。仕事で行き詰っても相談できる人がいない。課長にはもう(怖すぎて)相談できないし。。。悩みを派遣元の担当者に打ち明けたところ、結局彼女がそれを課長にバラし、「誰でもいいから聞け」との取ってつけたような回答が彼女経由で返ってきた。それができないから困っているというのに。しかも「自分に聞け」とは決して言わない

「英語が得意」とはそういうことではない

誰かに聞くにしても、迂闊な人を選ぶと「英語得意なんでしょ?」と片づけられるのは明らかだった。

というのも入社間もないある日、外線電話が鳴り、隣の席の庶務担当が応対した時のこと。相手の英語は聞き取りにくく、しかも別の部署の知らない名前を要求しているようだった。あまりに手に負えず、通りすがりの技術社員を呼び止めて代わってもらっていた。その技術社員が立ち去り際、「こういう時は、隣に英語のプロがおるじゃん」と言い残したのである。

私は目をひん剥いて驚愕した。「英語が得意な人は、英語でありさえすれば、知らない会社の 知らない部署の 知らない人の 電話番号まで突き止めて電話を引き継げる」とでも思っているのか。そんな能力が条件なら、私は英語不得意だ。隣の庶務担当は「そっかぁ~」と納得している。入社挨拶のとき、私がかなり英語ができると大げさに表現した課長を呪った。

翻訳の原文が怪文書

質問の仕方と相手を慎重に選び、A係長に伺ったところ、「なんだこれ、訳わかんねぇ~。怪文書だな。無理。Bさんに聞いて」と言われた。私が読もうとしていたのは、大の正社員管理職にも意味不明な怪文書だと判明した。

B係長に伺うと、だいぶ悩んだあと、「たぶん・・・」とたった2行の文章を20分かけて説明された。大変感謝したが、説明に20分かかる内容を2行に端折った文章を英訳して、全てが現地外国人に伝わるだろうか。私が聞き知ったことを英文化すれば・・・と一瞬閃いたが、一事が万事、ほぼ全ての文章が端折り文のため、B係長も付き合いきれまいと思い、考えなかったことにした。

端折られた文章が自分で理解できれば、まだ作業は楽になるはず。雑用でもいいから本業に関わらさせてもらえないか、とお願いしたところ、「みんな仕事を割り振る余裕がない」とあえなく却下され、ひたすら怪文書と向き合う日々が続く。その中には、問い合わせても誰にも解読できず、「回答保留」のままうやむやになったものもある。

仕事を振る時間もないほどみんな忙しい。せっかく頑張ってお近づきになったA、B両係長に煙たがられてはマズいと思い、問い合わせは多くても2週間に1,2回にとどめた。

給料と引き換えに手放したもの

そんな日々の業務で、端折り文章に苦しめられるのにはまだ我慢できた。(価値ある忍耐には思えなかったが。)

それでも時折、「この内容もう古いから、この章丸ごといらない」と宣告されるのは辛かった。自分なりに解釈に落としどころをつけ、やっと形にしたたくさんの英文とそれに費やした時間が無駄になっていく。私がやっていることは単なる時間の切り売り、いや、時間だけでなく心までも給料と引き換えに失うのだと思った。

「英文化する前に原文をアップデートすべきだ」とA係長はしきりに主張した。この私に。私に一体何ができましょうか。自分の会社のことなのに、問題がちゃんと見えているのに、何とかする力もあるのに、当事者意識はお持ちでないようだった。忙しすぎて当事者になりたくない気持ちもわかるので、私は何も言えなかったが。

係長に吟味してもらえた文章はまだいい。その機会のなかった文章には古い情報が含まれたままだろうし、私が理解を誤って訳したものもあるかもしれない。そんな翻訳文たちは、誰にも見てもらえないまま空しく共有フォルダに貯まっていくだけだった。

こんな文章が海外工場の人々の目に触れても、役に立たないばかりか誤解を与えるだけじゃないか。私が翻訳しない方がいいんじゃないか。そんなふうに思いながら無理やり仕事に向き合うことは、精神を蝕んだ。

永遠のような孤独の時間

誰にも気づかれない苦痛を抱えながら過ごす一日は、永遠にも思われた。

帰りたい・・・と思ってパソコンのモニター右下の時計を見る。定時が遠すぎて心折れそうになりながら作業に戻る。そしてまた時計を見る。5分しか経っていない。トイレとお茶以外、むやみに歩き回れる雰囲気でもない。時計が進まない。どこにも行けない。

単身住まいのため、帰宅しても誰もいない。職場でも誰かと会話するのは週に一度あればよいほう。隣の人に毎朝自分から挨拶したが、目も合わせてもらえない。自分がちゃんと存在しているのかが度々わからなくなり、確認のために帰宅後よく実家に電話した。

前に見た『ホンマでっか!?TV』で、心理学の植木先生が「自分の意志で一人でいる、誰かと過ごそうと思えばそうできる状態で一人で過ごしている、そういう状態は孤独ではない。たくさんの人が周りにいるのに誰とも何らかの関係を持つことができず、自分の意志でその状況から抜け出すことができない状態こそが孤独だ」という趣旨の説明をしていたのを思い出す。

苦しくて苦しくて、時々本当に叫びそうになるのを必死にこらえ、こぼれ落ちる涙を必死に隠し、ひたすら定時に解放されるのを待つ。その私の周りを、確たる職務上の目的をもって人々が忙しなく行き交っている。あの場所で私が過ごした9か月は、圧倒的に孤独だった。

オードリー若林と現実逃避

生真面目な私は、仕事をサボるのが苦手だ。それでも、夕方4時頃に20分間くらい抜け出しがことが5回ほどある。1月の寒空の下、駐車場の自分の車に逃げ込んだ。フレックスタイムの早出組が帰り始める時間帯、後部座席のスモークに身を隠しながら、オードリー若林の『社会人大学人見知り学部 卒業見込み』を読むのだ。

自分が社会人のステータスから脱落するのは時間の問題だとどこかで知っていた私は、社会への適応に苦戦する売れ始めの芸人時代の若林の渾身の主張に共感し、クスッと笑い、慰められた。“ぼくは春日に憧れている”の件で、一緒に春日に憧れた。

そんな場所にいてはいけないことは分かっていたが、ヘビースモーカーが一日当たり喫煙所で過ごす時間は20分どころじゃないはず、と自分を納得させた。そうでもしなければ、あの場所を出なければ、息継ぎができず溺れ死ぬと思った。

退職を決意

課長に報告されるのは分かっていたが、業務上支障が多すぎること、そして孤独であることを派遣元担当者に打ち明けた。これを聞いたら、あの課長は何と言うだろうか。弱者の劣等感とは無縁の彼が聞いたら、軟弱な小娘に不快を覚え、木っ端微塵にされはしないか。眠れぬ夜が連日続いていたが、その夜ほど恐怖を感じたことはなかった。

翌朝、課長が私の席にやって来て言った。「規格の文章、難しいやろ。いや~、新人には理解するの無理やと思うよ。なぜって、これを理解するバックグラウンドが無いんやから。そやから周りの誰にでもええから質問したらええやん。」

木っ端微塵を免れ、ほっとした。孤独な女の軟弱さは感知されていないようだ。これは課長の精一杯のフォローだと、そこは素直に受け止めた。でも、「訳しながら、ここのやり方を学んでほしい」と最初に言ったのは課長ではなかったか。背景知識のない人間には理解できない文章と知りながら、それを読んで学べと指示したのか。

「そうですね、そうします」とだけ返事をした。あんなに人との関わりを求めていたのに、その時の私は一秒でも早くこの会話を切り上げたいと思った。

もう無理だ。

長い目でみれば軌道に乗るはず。辞めるにしても、次のライフステージが見えるまでは続けた方が・・・。そうやってギリギリつなぎとめてきたものが切れ、派遣元に退職を申し出ることにした。

(課長の話題ばかりだが、私の業務指示責任者は課長補佐だった。一番席が遠く、ほとんど話したことはない。。。)

全ては自意識過剰の思い込みだった

2月の最終日、派遣元担当者がやってきた。応接ブースで向かい合い、私が退職を切り出す前に、彼女が「派遣先から契約更新のお話が来ました」と言った。それを聞いて、私はヘナヘナと脱力した。

自己肯定観が乏しい私は、それまで自分が本業で使ってもらえないのは期待されていないからだと思っていた。(驚かれるかもしれないが、自信のない人間の思考回路はこんなものだ。)
そのせいで業務上周囲と関わることができないのだから、それが辛かろうと自業自得なのだとどこかで考えていた。(もちろん会社にも相応の落ち度あり、と思うだけの人間らしさはあった。)
期待して雇われたのに、課内標準すら読めないのだから、がっかりされているだろうとすら思っていた。(係長も読めないのに)
気に入らない私がなにか訴えたところで、あちらが「無視」したくなるのは当然だ、と。

でも、そのすべてが自分の思い込みだったのだと一瞬にして悟った。私はオードリー若林もびっくりの自意識過剰だったのだ。彼らは私に期待していなかったわけでも、がっかりしていたのでもない。ただ「眼中になかった」のだ。よくよく考えてみれば、あの有害な翻訳文が視認されないのだから、がっかりされる機会すらない。そりゃ契約が更新されもする。

私はマザー・テレサを想った。彼らから私に向けられたのは「憎しみ」ではなく「無関心」だったのだと。

もう思い残すことはなかった。頑張ってもグズっても、憎んでもらうことすらできない。私は3月をもって退職し、10年にも匹敵するような長い9か月を終えた。

愛とは時間 

サン=テグジュペリ『星の王子様』のなかで、王子様が地球でたくさんのバラを見つけ、世界にたった一つだと思って大切にしていた自分の星のバラが、実はどこにでもある花なのだと知り、泣き崩れる場面がある。そこに一匹の狐がやって来て王子様を慰め、ふたりは友達になる。絆を結んだ一匹の狐だけが特別な存在になることを通して、王子様は自分の星のバラだけが自分にとって特別なのだと気づく。そして王子様が旅立つとき、狐は贈り物として秘密を教える。

「あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思ってるのはね、そのバラの花のために、時間をむだにしたからだよ」

この場面について、ナマケモノ研究で有名な文化人類学者・辻信一さんが著書『弱虫でいいんだよ』の中でこんな分析をしている。

ここには、「愛とは何か」という難問中の難問に対するひとつの答えがある。つまり、愛とは「相手のために時間をムダにすること。」

ぼくたちが生きている現代社会では、時間をムダにするのはよくないどころか、ほとんど犯罪のように扱われている。

(中略)

大切な人のために時間をムダにできなくなってしまった現代人から、愛はますます遠ざかっているのではないか。 

会社では教育らしい教育はほとんどされなかった。課内標準を与えられ、自主的に分かるようになれと言われた。あくまで正社員が教育に時間を割かない範囲での仕事を求められた。「愛=費やした時間」が正ならば、私は9カ月間、ほとんど愛されたことはなかった。

もちろん、ただの派遣社員が会社にとっての“大切な人”でありたいと思うのは望みすぎかもしれない。でも、そこにいた正社員の人たちですら愛されて(時間を注がれて)いたかは定かではない。「配属されて3年、ずっと仕事が分からずご迷惑をおかけしました」と、私と同じタイミングで去った中堅正社員もいた。この競争社会でたくさんの人が生きづらさを感じているのは、時間という名の愛が足りていないからなのかもしれない

「憎む」ことには時間が注がれる。とすれば、“愛の反対は憎しみではなく無関心です”とマザー・テレサが言うのもうなずける。

「無関心」の恐ろしさ 

「無関心」は、その被害を他人に理解してもらうのがとても難しい。具体的に何かをされたのなら客観的に分かりやすいし、証拠にも残せる。でも、「してもらえない」「認知されない」という状況とそれによる苦痛は、他者に説明するのが本当に難しいのだ。「ないことの証明」は悪魔の証明とよばれ、不可能だとされているが、それに似ていると思う。

在職中、派遣元の担当者に自分が置かれる状況の説明を試みたが、「職務上相談できる相手がいなくて困っている」としか伝わらなかった。退職後も「なぜ辞めたのか」と何度も聞かれるが、理由をうまく表現できずにいる。うっかり「人と全く会話がなくて」などと口を滑らせようものなら、「黙って仕事するのは当たり前でしょ」と返され、ただでさえ精神的にボロボロなのに、二次被害に遭う。

しゃべらないと鬱になる

ある日、産経のネット配信記事のひとつに目が留まった。ゴールデンウィーク前半のことだ。

「人は誰かと一言も口をきかない状態でいると、おおむね3日で不安を感じ、1週間でうつ状態になる。長期休暇で家に籠っていると気づかないうちに鬱になる恐れがあるため、一日一回は外に出て、コンビニのレジ担当者と会話しましょう」という内容だったと記憶している。

これには心当たりがある。もう何日も誰とも言葉を交わしていなかったある日、用もなくトイレに向かっていると、通路の向こう側から隣の部署のお姉さんがやってきた。すれ違う時お互いに避ける方向がかぶり、お姉さんは「あぁ、ごめんね~」と言って通り過ぎて行った。何でもない一場面だが、その言葉が自分に向けられたのだと思うだけで、張り詰めて固まった心が一気に解けるようだった。

産経の記事を読み、通路ですれ違ったお姉さん、質問を受けてくれたA、B係長、月に一度来てくれた派遣元の担当者、電話で話をしてくれた母、それだけでなく、これまでの人生で出会った全ての人が、図らずも私の心を健やかにしてくれていたのだと、大げさでなく本当にそう思った。

退職後の経済状況

社会復帰にはもう少し時間がかかる。また誰にも認知してもらえなかったら・・・と勝手な想像が二の足を踏ませる。

大手に派遣されるだけあって、給料も自分の中では良い方だった。(正社員の同級生には途方もなく及ばないが。)定時退社後は無気力状態で、毎日ドラッグストアでポテチ1袋だけ買って帰る廃人生活だった。そのため勝手に貯金もでき、今のところ生活は何とかなっている。家賃と年金と健康保険が重い。スマホを格安に切り替えたので少し楽になった。 

davie-in-yellowdave.hatenablog.com

大手で心を売り渡しながら高給を手にするよりは、安月給でも心穏やかに過ごせる場所にいた方が、長い目で見て生活が安定するらしい。

もう二度とあんな思いはしたくない。腹いせの意味で誰かに同じ思いをさせたいとも思わない。こんな苦しみこの世から無くなってくれればいいのにと思うばかりだ。

【おまけ】課長が薦める3力学入門書

入社面接時に、それまで設計の勉強をしたかったけれど体系が分からず手が付けられなかったことを話したところ、「3力学(材料力学、流体力学、熱力学)」が分かっていた方がいいと、入門書籍を紹介していただいた。

恨みつらみを書いたが、これには本当に感謝している。3力学をもっと早く知ることができていたら、そもそもステップアップなど唱えて転職することもなかったかもしれないくらいだ。

英語が得意でも、英語だけでできる職業はほとんどない。もし設計に関わる産業翻訳をされる方がいらっしゃれば、ぜひ以下の書籍を参考にされたい。大手企業の課長職の方のお墨付きだし、私も読んでみて説明が分かりやすいと思った。(力学そのものは残念ながら難しい。)

 

 その他、ご興味があれば(諸手を上げてお薦めの3冊です!)