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きいろいひとりっぷ

ニート歴半年の庶民の心の旅

部下のTOEICの点数を上げることは重要か

「若手社員のTOEICの平均点を50点上げたい」

というような要望を言われる管理職の方々がいる。
ビジネスが海外に及ぶ企業や、国内で外国人観光客などを相手にビジネスを行う企業にとって、国際的な場で活躍できる人材の育成は大きな課題だ。その責任が管理職の方々にのしかかった結果が、上記のような要望となるのだろう。 

実際、「TOIECの点数を上げる」ということがビジネスの役に立つのだろうか。この記事では、こんな疑問について論じてみたい。

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「国際的な場で活躍する人」の人物像

私自身、TOEICの点数が900点を超えたことがあるのだが、それでも国際ビジネスの場で活躍できる自信はない。900点もあれば英語が得意であるとしてもよいと思うが、それでも役に立たないのだから、単に英語が得意なだけではだめだということになる。

では、「国際ビジネスの場で活躍できる人」とはどのような人なのだろうか。私が想像する限り、以下のような素養を兼ね備えた人のことではないかと思う。

 

① そのビジネスへの理解が深い

② 顧客の需要を正しく把握することができ、自社の製品(サービス)と適切にマッチングできる

③ その業界にふさわしい言葉づかいで的確に伝えることができる

④ 伝えるべきことをはっきりと伝える声の大きさと度胸がある

⑤ 異文化への寛容さと理解がある

 

これらの要素のうち、大前提かつ最も重要なのが①および②で、これらなくしてはそのビジネスに携わることそのものが困難になる。そしてこの二要素は、(日本人相手の)国内ビジネスで求められる素養と同一だ。

そうすると、国際的な場での活躍を期待する社員であっても、まずは地に足をつけて自社の製品(サービス)や業界への理解、顧客との対話のノウハウなど、基礎的なことをきちんと教え込むことが重要だと気づかされる。そしてそのような教育は、社員が日本人である限り日本語でなされるべきだ。人間は母国語で思考しており、母国語ほど何かを理解するのに理想的な言語はない。

  

 一方で、やはり英語が重要であることには変わりない。どんなに考え抜かれた製品PRも、言語が違えば相手に届くことはない。だから英語を避けて通るわけにはいかないのだが、それがすなわちTOEICの点数と結び付けて考えられることが果たして妥当なのだろうか。

英語は上記③「その業界にふさわしい言葉づかいで的確に伝えることができる」に関わってくるものだが、「その業界にふさわしい英語の言葉づかい」は、TOEICの試験に出てくるような英語そのものなのだろうか。おそらく、そうとは言えないのではないか。

 

ビジネスで必要な英語

個々のビジネスは専門性が高く、そこで必要とされる専門用語は日常性の高いTOEICの英語に網羅されてはいないため、別途身につけなければならない。一方、ビジネスで必要な英語の範囲は非常に限られていて、「専門用語+ごく基礎的な英語」で事足りる場合も多いのが実情だ。

このような事実があるにもかかわらずTOEICの点数のボトムアップを社員たちに課すことは、不必要な英語の勉強を課すと同時に必要な専門用語を学ぶ時間を奪うことになるのではないか

 

そのように考えると、TOEICの点数自体が社員の評価に影響することはやはり何か違う気がする。ましてTOEICの試験では「できる問題から解き始める」「回答の選択肢を読んでから問題文を読む」などのワザが点数を左右するため、社員を教育して平均点が50点上がったとしても、それが英語力の向上を裏づけるものなのかも疑わしいものだ。

 

管理職の方々は「社員教育を実施してこれだけの成果をあげた」という報告を上にあげなければならない事情をお抱えなのだろうが、ただでさえ忙しい若手社員がTOEICに付き合わされているのを見ると気の毒でならない。TOEICの点数は大雑把な指標としてのみ取り扱われるべきだと思う。 

 

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「理想の人材像」に立ち返ろう

かつて多くの日本企業が海外へ事業展開する方針を打ち出した際、その企業の実務者たちは英語で苦労されたのだろう。彼らが部下を教育する立場となり「海外で活躍する人材を育成せよ」と命題が与えられたとき、彼ら自身の経験から何よりもまず「英語ができるようにしてやらなければ」と思ったのかもしれない。そして英語の重要性についての認識が受け継がれるなかで、「かつての社員には下手な英語を補うほどの技術と経験と熱意があった」という部分のストーリーが抜け落ち、「海外での事業⇒英語」という短絡的な思考パターンが形成されるに至ったのではないだろうか。

 

今の若手社員は、かつて海外への橋渡しをした人々と同じくらい会社の事業や製品(サービス)のことを理解しているだろうか。

英語で業務や生活をすることに耐えられそうな入社間もない社員を見つけて、何となく海外に送り出してはいないだろうか。

そうして戻ってきた社員が、国内で頑張ってきた社員よりも事業や製品(サービス)のことを分かっていないのに、海外駐在あがりだと妙な自信を見せて闊歩していないだろうか。

 

先人が築いてくれた海外への架け橋を渡ってさらに発展していくために、人材育成投資を実りあるものにしなければならない。そのためには、先に挙げたような「社員に必要な素養」をあらためて見直す必要がある。そこに立ち返ることなしに、社員の教育方針を打ち出すことはできないと思う。

そしてそれに含まれるであろう語学力向上の取り組みも、会社の事業に貢献するものでなければならない。そのあり方がTOEIC英語の学習でよいのか、業界用語に特化した独自のプログラムを開発した方が効果的なのか、あるいは別の方法を採りうるのか、あらためて考えてみるきっかけとして本文が読まれればと思う。